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展示案内

令和2年度特別展 「本堂家侍医 金子寿仙」

開催が延期となりました。

<開催期間>

 

令和3年1月30日(土)2月9日(火)~令和3年3月14日(日)

https://www.city.kasumigaura.lg.jp/page/page009837.html

 

 

新型コロナウイルス感染症拡大防止対策として、入館時に氏名・住所・電話番号等を伺い、検温を実施しております。ご理解・ご協力をお願いします。

 金子 寿仙

 

   金子寿仙は、享和三年(1803)に高倉村に生まれ、後に領主本堂家の侍医を務めました。寿仙は、はじめ名村正記について道を問い、やがて加藤寿泊に医術の基礎を学び、のち長崎にて吉雄耕牛に、南紀にて華岡青州について治瘍の術を、また、京都にあっては奥道逸の門下生となり、主として晩産の法を究めました。寿仙が学んだ紀州の華岡青洲は、麻酔薬「通仙散」を開発して日本において初めて乳がん手術に成功した医者として有名です。この青洲の医塾「春林軒」にて全国各地から入門希望する門人と共に外科医術を学んだのが、金子寿仙です。そのほかに寿仙は、痘疹、種痘の理も学びましたが、最も徳意としたのは産術で、領内からは子安菩薩と称されました。

   寿仙は、養子寿活を迎え、寿活は父を継ぎ医学者となりました。寿活は文政三年(1820)井上順之丞の侍医筑波郡神郡村飯田修和(良蟾)の二子として生まれ、幼少のころ水戸会沢欣賞について儒学を学び、のち笠間の長谷川宗仙に師事しました。ついで弘化四年(1847)京都に留学、ついに長崎におもむき巨匠緒方洪庵の門下生となります。翌嘉永5年に帰郷した寿活は本堂家小姓格に列せられ、父寿仙と同様に侍医として、新しい西洋医学を用いて大いに活躍し名声を博しました。また、医学のほかに詩文に長じ詩人としても知られた存在です。

   今回の展覧会では、金子寿仙を中心に、当地方の近世医学の展開と発展をご紹介いたします。これを機に医学史を通した仁なる医道への関心が高まれば幸いです。

 

【展示構成】

1  金子家について
2  金子寿仙について
3  寿仙が学んだ華岡青洲
4  寿仙と稲吉宿の一件
5  金子寿活と寿仙の同志・門弟
6  医は仁術なり

 

【会期】令和3年1月30日(土)2月9日(火)~令和3年3月14日(日)月曜休館(祝日の場合は翌日)

【会場】茨城県かすみがうら市坂1029-1    かすみがうら市歴史博物館   特別展示室

【入館料】一般220円   小中学生110円

 

  *************************************

 

【記念行事】

記念講演会:『江戸時代の医学と金子寿仙』

日時: 令和3年3月14日(日)13:30~15:00

場所:歴史博物館研修施設

定員:先着50名(事前申し込み制)

講師:当館館長  千葉隆司

*講演会の受講受付は、令和3年1月30日(土)からです。

 

 

 

問い合わせ先

このページに関するお問い合わせはかすみがうら市歴史博物館です。

〒300-0214 かすみがうら市坂1029-1

電話番号:029-896-0017 ファクス番号:029-896-1168

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